わたしのヒーロー

にのさん、お誕生日おめでとうございます。

えっらいかわいらしい黄色(っぽい)ケーキを、厳かにたべました。今日はみんな、28さいです(大野さん方式)
去年の3月、しゅくだい君が終わったときに、わたしはこんなことを書いてました。

(中略)5000枚のサインのしゅくだいくんが放送されて、ああ、あらしは大きなフィールドに飛び出していったかもしれないけど、気持ちはファンである我々にちゃんと寄り添っていてくれたんだ、とわかったから。だからしゅくだいくんが終わっても、新しいスタートをきるあらしを笑顔で見送ろう!と思えたんだよね。

でもこうして終わったんだなってことを実感するときがきて、やっぱりさびしい気持ちがふつふつと湧き上がってきてます。ああやっぱり素直にさびしい。しゅくだいくんがなくなったら、あらしのファンへの気持ちをだれがどうやって届けてくれんのかな。(中略)ちゃんと(あらしは)ここにいるよ!って(わたしの気持ちを)引っ張り上げてくれたのがしゅくだいくんなんだよね。それがなくなってしまったら、どうなるのかなあって。(中略)

要はいつだろうとどこだろうとなんだろうと、あらしがファンである自分に寄り添ってくれているという信頼感さえあれば、わたしはあらしを応援し続けることができるし、僭越ながら見守らせていただく次第です。という決意表明。

2010年03月23日 しゅくだいくん終了によせて 交差点

どんどん大きくなっていくあらしとにのさんを見ていて、誇らしいと思う反面、ちょっぴりさびしいな、と思う気持ちがあったのも、事実です。そしてわたしはテレビで当たり前のようにあらしとにのさんが観られる日々に慣れてしまって、こういう気持ちをすっかり忘れていました。できるだけ素に近いにのさん(まあそんなわけないんですけど)に少しでも近づきたくて、ずっと放送スタイルの変わらない*1ベ/イ/ス/トが、わたしのよりどころになっていて、そればかりに心を砕いていました。本質*2を知りたいと思うあまりに、にのさんの胸の内を必要以上に邪推して、自分の目を曇らせていた気がします。
こないだ発売されたDVD、もちろん本編も、まだ見ぬ世界へのPV*3もすごく良かったと思うのですが、やっぱり合宿を見て、あの5000枚のサイン以来の、あらしがファンのことを考えていてくれている、という実感がフツフツとわいてきました。いや、ずっと考えてくれていただろうに、わたしが見えなくなってただけのことですけど。本当に実感したんですけど、あらしって五人であらしなんですね。こうはく司会の時も思ったけど、誰かひとりであらしってことじゃなくて、やっぱこの五人がまるっと集まってあらしなんだな。なんかものすごく当たり前のことを書いてますけどw けして排他的なわけではないんだけど、誰かが入ることも、かけることも許されない空気感。わたしはきっとずっとそれが見たくて、そしてそれをあらしも知っていてくれたんだってことが嬉しくて仕方なかったです。あらしたのしそう、だから、わたしたのしい。思わず片言になっちゃうくらい、自分の気持ちはごくシンプルなものでした。ひとりで考えすぎて、アーン!てなってたわたし、ばかみたい。やっぱりあらしは、にのさんは、わたしが「さびしいよー」ってお山座りでひとり泣いていたら、絶妙のタイミングでババッとそばにやってきて、「ほらここにいるよ、一緒にいるよ」って言ってくれる、わたしのヒーローです。そう思える映像をにのさんの誕生日の前に見ることが出来たことが、とてもしあわせです。にのさんはいつも「言わなきゃわからないなら、言ってもわからないでしょ?だから言わないよ?」っていじわるを言いながら、こうやって時々、わたしの手をちゃんと引いてくれるんだよね。・・・と、都合のいいことを思いましたウフフ(^ω^)確かににのさんはたくさんのことは言わないけれど、そのかわりわたしが好きなように考えられる、たくさんの余白を残してくれるよね。わたしやっぱりそういうにのさんのことが、だいすきですッ!!

にのさん、お誕生日おめでとうございます。28歳も、にのさんにとってすてきな歳になりますように。

*1:コーナーなくなったり新しくなったりはしてますが

*2:ってなんでしょうね?書いてて自分でもよくわかんないんですけど。ただ言えるのは、にのさんはラジオで必要以上に話さないので(必要なことも話さないくらいw)行間にわたしの好きな気持ちを乗せやすいことが良かったんじゃないかと思ってます。

*3:ラジオで音源を聞いたときは「へー、アルバムこんな感じなんだねー」くらいにしか思わなかったのに、PVを見て大好きな曲に一気に格上げされましたw やっぱりアイドルの曲はパフォーマンスありきで、聴くより見ることが重要だと改めて思いました。